「関係ないかどうかはこっちが判断する」
威圧的な態度に、反感が沸く。多感な少年なら、当たり前なのかもしれない。
「さ、話してもらおうか?」
「何だよ、さっきから一方的に」
「美鶴が絡んでいるんだ。当然だろ?」
「何が美鶴だ。男と夜遊びなんてしている女の、どこがいいんだかね」
途端、聡の表情が変わる。それは瑠駆真とて同じ事。
「夜遊び?」
「男と?」
ハッと口を押さえるが、もう遅い。
「蔦、今の話は何だ?」
「何って」
「夜遊びって、どういう事だ?」
詰め寄る聡の顔はもう至近距離。これでは間違ってキスでもしてしまいそう。間違いというのはよくある事だ。ほら、例えばクリスマスイブの夜なんかにも。
「金本、顔が近い」
「嫌なら吐け」
「落ち着けって」
「落ち着けると思うか?」
眉根を寄せ、只ならぬ形相で睨みつけてくる相手。
「話すまで開放はしないよ。心配しないで、こういうサボり、僕たちは全然気にしてないから」
瑠駆真の声音は穏やかだ。だが声とは裏腹に表情は険しい。きっと冗談ではない。本当に、サボってでも聞き出すつもりだ。
「山脇、お前って」
「何?」
王子様と持て囃されている品行方正な生徒など、今はどこにも存在しない。
「さっさと話してしまった方が身のためだよ」
「そういう事」
聡の右手がコウの胸倉に伸びる。瑠駆真は止めない。
これって、マジでヤバそうだな。
コウはゴクリと生唾を呑んだ。
それにしても。
美鶴は、ふと手を止める。
本当に、どうして自分はあの二人の間になんか入っているのだ?
放課後の駅舎。出入り口を閉めれば風は入っては来ないが、それでも冷える。三月に入って、テレビでは早くも桜の便りなどが流れ始めた。桃の節句はもう過ぎた。梅の見ごろももう終わるだろう。それでも季節はまだ冬だ。
向かいには聡。左隣には瑠駆真。
「どうしたの?」
手を止めた美鶴に、瑠駆真が顔をあげる。学期末試験を前に、聡や瑠駆真も教科書を広げている。こうしていれば美鶴の機嫌を損ねる事は無いという事実に、最近ようやく気付いたらしい。
「何? どこかわからない?」
覗き込んでくる瑠駆真に、あわてて両手でノートを隠す。
「何でもない」
「疲れたか?」
「馬鹿言うな。お前じゃあるまいし」
言って、ぶーぶーと不平を口にする聡を無視して再び視線を落そうとした。その耳に、携帯のバイブ音が響く。
私?
右手を上着のポケットに当てる。
バイブ音は消えない。
メールじゃない。
怪訝に思って取り出した。そうして液晶画面を確認する。
「なっ」
思わず声をあげ、慌てて片手で口を押さえる。そっと視線をあげてみると、案の定、美鶴を見つめる四つの瞳。
「何?」
「誰?」
同時に問いかけてくる二人には答えず、慌てて立ち上がる。
「どこ行くの?」
そんな瑠駆真には答えず駅舎の外へ。
「どした?」
「うるさい」
「何だよ、外は寒いぞ」
「わかってる」
「誰と電話だ?」
しつこくついて来ようとする聡を視線で制する。
「ツバサだ。女同士の会話だ。邪魔されたくない」
言って小走りで駅舎から少し離れ、慌てて携帯の通話ボタンを押す。
「ユンミさん?」
「遅いっ!」
ユンミは、本当に不機嫌そうな声を出す。
「何やってた? 浮気?」
「は? なに言ってるんですかっ」
「他に男がいるんなら、慎ちゃんは譲らないからね」
譲る気なんてないクセに。
思わずそう言いそうになり、慌てて飲み込む。
「そんなんじゃありませんよ。それより何です? 電話なんて」
そうだ。ユンミから電話なんて珍しい。と言うよりも、初めてだ。そもそもメールももらった事はない。
あの深夜の茶番劇の帰りに何かの時のためにとアドレスと番号は交換したが、そもそも連絡を取り合う仲でも無いのだから、今まで使用する事はなかった。霞流の動向を知りたいと思い、連絡したい衝動に駆られる事は何度もあったのだが、ユンミを頼ったのが霞流にバレるとなんとなくバカにされるような気がして、我慢していた。
「どうしたんです?」
「どうもこうもないわよ」
電話の向こうでうんざりとしたような声。いや、少し焦ってもいるか?
「まぁ、私からの電話って事は、だいたいどういう内容なのかは察しはつくわよね?」
謎掛けのような言葉に、美鶴は小さく唾を飲む。
「えっと、霞流さんに何か?」
「ピンポーン」
軽快な正解音。
「まぁ、それ以外にはあり得ないんだけどね」
「どうしたんです? 霞流さんがどうかしたとか?」
おちゃらけた声を無視するように、美鶴は声を上擦らせた。
わざわざ電話って、何?
見当もつかない。
しばらく会えないでいた霞流に関する何かしらの情報が得られるという嬉しさと一緒に、なぜだかワケのわからない胸騒ぎを感じて、片手で胸を押さえる。
「ユンミさん?」
「まぁ、焦らすつもりもないから簡潔に言うけど。って言うか、聞きたいのよね」
「聞きたい?」
「ねぇ、あの男、何?」
「は?」
突然質問され、面喰う。
「あの男?」
「そ、あの見るからに根暗そうな男よ。あの、ほら、えぇと、名前何って言ったっけ?」
唸るような声。
「誰です?」
「ほら、あの子よ。あのぉ、ほら、フラワーコーディネーターだかなんだかに引っ付いてた男。えぇと、すず…」
「涼木」
「そう、涼木」
「涼木魁流ですか?」
「そうそう、カイル、カイルよ」
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